うつろぐ

躁うつ病とともにゆらりと生きてます

お詫び

ここ数日、考えることがありました。

会って話せばものの2、3分で済むことを、

文章にして一万文字くらい考えてました。

 


埒があかないので端的に述べます。

 


先ず、先日の失言によるもので、

多くの方に大変不愉快な思いをさせてしまい、

申し訳ありませんでした。

言い訳になりますが、眠剤を飲んだ後の

行動であまり記憶にないのが定かです。

朝から沢山の痛烈な批判の言葉をいただき、

猛省した次第です。

 


私とSNSとはかけ離れられない存在です。

生活の糧となっています。

勿論その中でいざこざがあったり、

でも色んな楽しみや思いを共感したり、

色んなシチュエーションがあっていいものだと

思ってます。

ただ、一方が不平等に、不快に、不愉快な思いになってはいけないと、気をつけなければいけないと思った次第です。

問題になったツイート自体は正気を取り戻した時点で削除しましたが、随分の方の心を傷つけてしまいました。今後、このようなことが無いよう、SNSでの発言には注意して参ります。

 


本当に申し訳ありませんでした<(_ _)>

20170915

私は、結果を急ぐ。
結果が全てと思ってきた。
だから何事にも集中できない。
過程が大事だなんて
微塵にも感じたことのない
寂しい人間だった。
過程には、人間の大切な部分が
描かれている。
それが何なのかいつも思い出せない。
頭に入っていかない。
赤ちゃんの泣き声はするけど
何故泣いてるのか
父が凄い剣幕で怒っているのも
何故かを考えると
死にたくなるほど心が震えて、
今まで見たくなかったものが
見えてくる。
人間として当たり前のことを
直視できないのだ、今も。

20170621

 

死にたいけど
死にたいけど


今が一番幸せなんだよ
って言い聞かせて
生きてる


微塵も楽しくないよ
何かと無理して頑張ってる
音沙汰ない今日

 

何が不幸かって

 

自分が一番幸せなのに
気付いてないこと

 

そう言い聞かせて
大丈夫だって
今日も無事に過ごせたから
明日も無事に過ごせる
怖いことなんてない

 

平穏は必ず訪れる

理由

枠にはまるのが苦手だった。
幼稚園、小学校、中学校、、
なんで9時にチャイムなるん?
なんで勉強せなあかん?
うえー運動会とか走るん嫌やし

 

得意なことがあった。
何かを使って表現すること。
詩を書くこと。
絵を描くこと。
音を奏でること。

 

大人になっても同じで
会社に行きたくなかった
何で女子は2、3年勤めたら
コトブキ退社せなあかんの?
何で結婚せなあかんの?
自由に好きなことして
好きなように暮らすのの
何処が悪いん?
何も人様に迷惑かけとらんで

 

パソコンでサイトやブログを
作ったりするのが楽しかった
イラスト描けばネ友が褒めてくれて
ネットだけが認めてくれた
顔も見えない相手を信じるの?


何で敷かれたレールを走らないかんの
何で嫌いな奴に時間にお金に拘束されるん?
ぜーんぶぶっ壊して
何からも自由になりたい。
ラクになりたい。

 

これがワタシの中の「逃げたい」理由
なのかもしれない

幸せ

皆さんの幸せって、どんなものですか?

 

みんな幸せになるために、一生懸命働いたり、勉強したりしてる。不幸になろうと頑張ってるひとはいないだろう。
私は、平穏な毎日を過ごしていて、たまに美味しいものをたべたりして、美味いと感じて、あっ、これが幸せ?とか自分に問いかけてる。確かにこんなのが一般的な「幸せ」のカタチかもしれないけど。

 

昨日、たいぞーさんにスケッチの仕方を教える機会があった。
モノを立体的に現すために、影の付け方と光の入れ方。ものの2、3分、描き方を教えた。すると次の日、私が教えた方法でシャープペンを紙に描いてもってきた。細かく丁寧に描かれた線は綺麗に端からグラデーションがかり、光が当たる丸みを持つ部分には消しゴムの角っこでシュッと影が消され光が射してるように見える。姉バカかもしれないが、とてもカッコよく見えた。


私は美術教師の免許を持っている。
教師の道を断念し就職して過労で
病気になってからは、全く描いてない。
ふと、私が好きだったことを、たいぞーさんがうまく繋いでくれ、思い出させてくれたような気がして、嬉しく感じた。

 

こんなのも「幸せ」かもしれない。

たいぞーさん。

不思議すぎる。

なんの縁があって私達はここにいるのか。
ワタシとは全く正反対の性格の弟。
内気でインドアな私に比べ、社交的で明るく友達作りが得意。
24歳離れててまるで親子のように育った我々は、
とても仲が良く、時にはケンカしたり、じゃれあったり、友達のようであったり、といつもそんなふうだ。

 

この前、街の文具店に行くのにバスに乗った。
乗る際、バスカードを機械に当てて乗ったが、たいぞーさんは知らんふり。普通は、バスカードを持っていなければどこから乗ったのかわかる番号札を取るなりするが、たいぞーさんは何もせずすっと私の横の席に座った。
「あんた、カードは?券は?」
「ん?とらんばと?」
「だってどこから乗ったのかわからんやったら、料金払えんやん!はよ取ってくるか、車掌さんに謝りにいき!」
「姉ちゃん大げさかって。前に掲示してある番号と料金を覚えとけばいいとやろ。」
「いや、そりゃそうだけど、券、、、」
(たいぞーさん、車掌さんに話しに行く)
「…ほら、俺のやり方であっとった!番号覚えて、降りる時それを伝えて料金払って下さいって!」
「いやでも、普通は券くらいとるっしょ!」
ズボラ過ぎるのか、頭良いのかさっぱりわからない図太い神経のこの弟!
こんなことでいいのか⁉︎
あまりの常識外れに姉ちゃんビックリだよ!怒

 

こんなこともあった。

 

「姉ちゃんね、障害者手帳持ってて、二級なんだ」
「姉ちゃん、かなり良くなってるだろ?自分は障害者障害者、って自慢するやつオレ嫌い。あの、キチガイみたいなのを障害者って言うんだろ?姉ちゃんちゃうやん、あんなのと一緒にしたくない」

なんか、複雑な気持ちだった。
病気が治ってると言われたこと。
たいぞーさんのイメージする障害者は知的障害者であること。
精神障害者のことをうまく説明できなかった。

学校から帰ってきたとき私がベッドから起き上がれないことはよくあることだったので、病気であることは認識しているが障害者とのイメージがイマイチ結びつかないところだ。
でも、私はそれはそれでいいと思う。
障害者のどうこうを珍しく話したくない。

 

そうこうしながらでも私達はお互いぶつかり合い学び合いながら13年生きてきた。成長してきた。

4人兄弟の末っ子、たいぞーさん。
勉強はあまり得意でなくみんな手を焼いているが
ズボラで大雑把ででも何処か抜け目なくて、可愛い。

姉ちゃんは、ずっと応援してるよ(^^)

 

無題

帰りのタクシーの中、疲れ果ててぐったりだった。
新郎新婦も幸せそうだし、料理も美味しくて文句のつけようのない結婚式だった。ほとんどが親族で30人。アットホームな雰囲気だった。

 

人は何のために生きてるんだろう。

 

そんなことをふと考えてた。
披露宴の親族挨拶で感極まって泣いた叔父。きっと息子に対する今までの想いが一気に蘇って涙となったのだろうか、嬉しい気持ちでいっぱいだったのだろうかわからない。

 

誰かを喜ばせるため?
認めてもらいたいから?
愛してもらいたいから?

 

何故だろう。
何故人は生きようとするんだろう。
何故人は嬉しいと涙が出るんだろう。
そんなことまで、わからなかった。

 

人の気持ちに、欲に、疎くなってしまった。

 

もう疲れた。